【ハンブルクの橋】トロスト橋 Trost Brücke

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市庁舎から聖ニコライ教会跡の方向に歩いていくと,トロスト橋に通りかかる。橋の中ほどには,ふたつの石像が向かい合っている。
トロスト橋

ひとつの石像には'Ansgal'(アンスガル),もうひとつには'AdolfV'(アドルフ3世)と刻まれている。アンスガル,アドルフ3世といえば,両者ともハンブルクの歴史上重要な役割を果たした人物として知られている。
    アドルフ3世の像 アンスガルの像 

アンスガル(写真右)は9世紀,ハンブルクにキリスト教を伝道し司教座を設置したベネディクト会士※1である。司教座を中心に発展した市街はのちに「司教の旧市街」(Bischöfliche Altstadt)と呼ばれるようになる。
アドルフ3世(写真左)は12世紀後半に「司教の旧市街」に対し「伯の新市街 」(Gräfliche Neustadt)を建設,そこに多くの商人を誘致した人物である。この頃ハンブルクの商工業は著しく発展し,アドルフ3世が皇帝フリードリヒ赤髭王から商業特権を獲得したことによりハンブルク港が「開港」したとされている。

トロスト橋聖ニコライ教会が建てられたのもこの時期であり,多くの商人や船乗りが訪れた。トロスト橋はこの聖ニコライ教会のそばにかけられた,「司教の旧市街」と「伯の新市街」を結びつける最初の橋※2であった。中世ハンブルクに生まれた2つの市街に関わりの深いふたつの石像が,橋の上で街の歴史を物語っているかのようだ。



※1 アンスガルはルートヴィッヒ敬虔王の委任により,ハンブルクとブレーメンを拠点に北欧へのキリスト教布教に腐心した。
※2 史料上での最初の言及は1266年,今日のトロスト橋は1883年に建設されたものである。


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