【ハンブルクの通り】ダイヒ通りDeichstr.

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ダイヒ通りニコライ運河に沿うようにして港湾区域(Hafen City)へとつづくダイヒ通りを歩くと,かつての古い港町の風景が静かに脳裏に浮かび上がってくる。そこには17〜18世紀に貿易商品が商品倉庫として利用していたものと同じ様式の建物が,ひっそりと並んでいるからだ。

ダイヒDeichは堤防の意味。1200年頃に伯の新市街※に人々が居住するようになった時期に,この通り沿いに堤防が築かれたと考えられている。ダイヒ通りが中世低地ドイツ語で'dikstrate'として初めて文書で確認できるのは1304年のこと。
 ※伯の新市街=Gräfliche Neustadt。現在,ハンブルクの新市街Neustadtと呼ばれている区域とは異なる。詳しくはこちらのページ

1842年,ダイヒ通り38番からの出火が原因で歴史的な大火事'der Große Brand'が起こった。焼け残ったダイヒ通り27番の建物は,現在ハンブルクでもっとも古い倉庫(バルドヴィックの倉庫Bardowicker Speicher,1780年)である。

1972年,「ダイヒ通りを救う会 Verein Rettet die Deichstraße」が結成され,かつての建物の並びが復元された。今では,この細くて短い通りに雰囲気の良いレストランがいくつも軒を連ねている。なかでも新鮮な魚料理が食べられるダイヒグラーフ Deichgraf というレストランが有名だ。
【写真:ニコライ運河とダイヒ通りの家並み】
この家並みの反対側がダイヒ通り。
現在のハンブルク港ができる前は,この運河を北東に進んだところ( 聖ニコライ教会跡の東)に港があった。ニコライ運河は商品を積んだ船が忙しく往来する場所だったのだ。


 
ニコライ運河

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